静岡県・静岡市に位置する由比(ゆい)。
富士山と駿河湾を望むこの小さな港町は、春と秋になると、どこかそわそわとした空気に包まれます。
その理由は、 桜えび漁の季節がやってくるから。
漁に出るかどうかで町の空気が変わり、朝には「とれたて」を求めて店に人が集まる。全国でも珍しいこの風景は、桜えびの町ならではのもの。
この記事では、桜えび漁と由比の町の物語を紹介します。

読み終えたころには、きっとあなたも由比を訪れてみたくなるはずです。
町がざわつく日。それは「サクラエビ漁」の日


春と秋。由比の町に、静かだけれど確かなざわめきが広がる日があります。
それは、サクラエビ漁に船が出るかもしれない朝。
漁師はもちろん、漁港周辺のお店の人も、宿の女将さんも、みんな少しそわそわしている。
空模様を見上げながら天気や風を気にする町の空気には、どこか期待と緊張が混ざっています。



桜えびの町・由比にとって、漁のある日は「特別な1日」なのです。
サクラエビ漁は春と秋だけの「季節もの」


サクラエビ漁が行われるのは、春(3月下旬〜6月上旬)と秋(10月下旬〜12月下旬)の年2回だけ。
しかも、毎日船が出るわけではありません。
風や波の状況を見ながら、その日の夕方になってようやく「今日は出る」と決まる日も多く、まさに自然とともに暮らす漁なのです。
この限られた時期にしか出会えないという希少性が、サクラエビを特別な存在にしています。



町の人も観光客も、「そろそろ春漁かな?」「生ある?」と気にしはじめると、港町・由比の季節がまた一歩進んだように感じるのです。
漁に出るかどうか、朝から町じゅうがそわそわ


由比の朝は、どこか落ち着かない。
漁師たちがまだ沖へ出ていない昼の港は、一見いつも通り静か。でも、どこかそわそわとした空気がただよいます。
漁師たちは、「今日は風が強えなぁ」とつぶやく。魚屋さんや飲食店の店主は、「今晩は出られるかな」と空を見上げる。
出漁の可否は、その日の天候と海の機嫌次第。
漁に出ると決まれば、町にピリッとした空気が流れます。仕込みを早めたり、翌朝の準備を進めたり。



「明日の朝、『桜えび』あるかもよ!」という期待感が、ご近所の会話にも、旅人の足取りにも混じってくるのです。
出漁の翌朝、飲食店に『生桜えび』が並ぶ日
漁が無事に行われた翌朝。町の飲食店や漁港の食堂の前に、小さな人だかりができていることがあります。
その日しか食べられない「生桜えび」を求めて、地元の人も観光客も足を運ぶのです。
透き通ったピンク色の小さなえびは、ほんのり甘くてとろけるような口あたり。まさに「朝だけ・今だけ」の贅沢です。
飲食店の店先には、「生桜えびあります!」の手書きの札が。
運がよければ、かき揚げや釜あげだけでなく、「生」を楽しめる日があります。
「駿河湾の宝石」サクラエビってどんなエビ?


「桜えびはね、小さいけど味が濃くて本当に特別なの」と由比の人たちは語ります。
透明感のある紅色の小さなエビは、まさに駿河湾がくれた宝石。生でも干しても、口に入れた瞬間に海の香りが広がります。
だけど、そんな桜えびが「駿河湾でしか獲れない」って、知っていましたか?
ここでは、サクラエビの不思議と魅力を、ちょっとだけ深掘りしてご紹介します。
体は小さいけど、味はぎゅっと濃い!


桜えびは、全長わずか4〜5センチほど。
見た目は繊細そのものですが、その味わいは驚くほどしっかりしています。
口に入れると、ほのかな甘みとともに海の旨みがじんわり広がり、後から香ばしさがふわっと追いかけてくる感じ。
特に、とれたての生や、揚げたてかき揚げは言葉にできない味わいです。
干した桜えびは、さらに旨みが凝縮されて、だしにもぴったり。



小さな体に、海の力がぎゅっと詰まっている。それが、桜えびの魅力です。
日本では駿河湾だけ!という貴重さ


桜えびが自然に生息し漁業として成立しているのは、日本では駿河湾だけ。
深さ200〜300メートルという深海に生息し、潮の流れや海底の地形・水温など、すべての条件がぴったり合わないと棲めないとてもデリケートな生きものです。
だからこそ、由比で食べる桜えびは別格。ほかの町では出会えない、ここにしかない味です。
地元の人は、「ここで食べる桜えびが一番うまいよ」と誇らしげに教えてくれます。



旅の目的が『この一匹』になる、それくらいの価値が桜えびにはあるのです。
サクラエビは『深海の夜行性ハンター』!?


桜えびは、夜になると餌を求めて浅いところまで浮かび上がってくる……。
この習性を活かして、夜に漁が行われるのです。
だから桜えび漁は、暗い海に明かりを灯して行う「夜の仕事」。
港に戻ってくるのは夜中から深夜にかけて。その後、早朝に競りが行われ、由比の飲食店や加工場にとれたてが届けられます。
そんな漁のスタイルも、なんだかロマンがあっていい。
静かな夜の海、漁船の灯り、そして翌朝には町に桜えびの香りが広がる……。由比ならではの、季節の物語です。
一時は漁が中止に。守られながら獲られている桜えび


じつは近年、サクラエビの漁獲量は大きく減った時期がありました。
特に2018年には記録的な不漁で、秋漁が全面中止に。
町の人たちにとっても、それはとても苦しく、さびしい出来事でした。
その後、資源を守るために漁の期間や回数を厳しく制限し、漁師たちは「獲りすぎない漁」を徹底しています。
だから今、春と秋の「限られた日にだけ」食べられる桜えびは、文字通り海と人が大切に育ててきた一品なんです。
「今日は桜えびあるかな?」と町の人がそっと気にするのは、そんな背景を知っているから。



旅先で出会った「その日だけの味」を、大事に味わいたくなる理由がここにあります。
町の名物!サクラエビを味わうならこの一皿


由比に来たなら、まず味わってほしいのが「サクラエビ料理」。
小さなえびなのに、口に入れた瞬間、香ばしさや甘みがふわっと広がります。
漁のあった日には生のままで味わえたり、揚げたてのかき揚げに舌鼓を打ったり、ここだけの味が楽しめます。
由比の町で出会える、旬のごちそうを3つご紹介します。
かき揚げ丼|香ばしさとサクサク食感がたまらない


由比名物といえば、やっぱりこれ!『桜えびのかき揚げ丼』です。
揚げたてのかき揚げは、箸を入れた瞬間サクッと軽やかな音。
ふんわりと香る海の香ばしさが、食欲を一気にかき立ててくれます。
桜えびの甘みとサクサクの衣、ほんのり甘じょっぱいタレがごはんとからまり、思わず無言になるおいしさです。



旅先で出会う「できたての幸せ」、ぜひ体験してみてください。
生桜えびの軍艦|由比でしか食べられない「とろっ」と感


もし出漁があった翌朝に由比にいるなら、ぜひ食べてほしいのが『生桜えびの軍艦』。
透き通った紅色のえびが、シャリの上にふわりと盛られています。
ひとくち口に入れると、「とろっ」とほどけて、あとから甘みがじんわり。
町の寿司屋さんや港の食堂など、「今日は生あるよ」の札が出るかどうかは、まさに運次第。
由比でしか味わえない、とれたて限定の贅沢軍艦。その日の漁に感謝しながら、ゆっくり味わいたい一品です。



地元の人も「今日、生出てたよ!」と嬉しそうに話してくれるから、まるで宝探しのような気分になります。
沖あがり|漁から戻った漁師が食べていた「郷土料理」


「沖あがり」は、桜えび漁を終えた漁師さんたちが、船を港に戻したあとに食べていたすき焼き風の漁師めし。
土鍋に醤油や砂糖、日本酒を入れて火にかけ、そこに桜えびと大きめに切った豆腐を入れてぐつぐつ。
仕上げにネギを散らして、香りが立ったらできあがりです。
漁の反省をしながら、仲間と酒を酌み交わしつつ食べる……。そんな漁師たちの日常から生まれた料理は、今も家庭で親しまれています。
とくに春と秋の漁期には「とれたての生桜えび」で作る沖あがりは格別。



海の男たちの知恵とあたたかさが詰まった、体も心もほっとする郷土の味です。
由比ってどうやって行くの?|電車でも車でもアクセス良好!


「行ってみたいけど由比ってどうやって行くの?」という方へ。
由比は東京からも名古屋からも1〜2時間とほどよい距離感。旅心をそそる小さな港町です。
新幹線+ローカル電車、または海沿いドライブ、どちらもおすすめです。
車窓に駿河湾や富士山を眺めながら、「今日は生桜えびあるかな?」と思いを馳せてみませんか?
電車でのアクセス(東京方面から)
東京駅から由比所要時間は乗り換え含め約1時間30分〜1時間45分。







朝早く出れば、「朝だけ・とれたて生」に会える日帰り旅も可能です!
車でのアクセス(東京・名古屋方面から)
出発地 | ルート | 所要時間 | おすすめポイント |
---|---|---|---|
東京 | 東名高速 → 「清水IC」または「富士川SAスマートIC」 → 国道1号線 | 約2時間 | SAで桜えびソフトや地元グルメも楽しめる | 海沿いドライブで気分爽快
名古屋 | 東名高速 → 「静岡IC」または「清水IC」 → 国道1号線 | 約1時間45分 | 気ままなプチ旅にぴったり | 富士山と駿河湾が車窓に広がる
ちょっと寄り道したい、由比の楽しみ方


桜えびを味わうだけじゃもったいない!
由比には、のんびり歩きたくなる小道や、歴史を感じる街並み、そして地元ならではの絶景ポイントがあります。
どこか懐かしく、静かな時間が流れる港町だからこそ、寄り道ひとつひとつが思い出になります。



由比の「おいしい」だけじゃない魅力を、ちょっとのぞいてみませんか?
薩埵峠|富士山×駿河湾


旅好きや写真好きの間で密かな人気を集めている絶景スポットが「薩埵(さった)峠」。
江戸時代の浮世絵にも描かれたこの峠からは、晴れた日には富士山と駿河湾、そして東海道本線と国道1号線が一望できます。
朝焼けに染まる富士山、キラキラと光る海、時折通り過ぎる電車やトラック……。
そんな風景を眺めていると、時間を忘れてしまいそう。
桜えびを堪能したあと、ちょっと足をのばして訪れたい由比の絶景スポットです。



地元の人も「ここからの富士山がいちばん好き」と話すほど。
さくらえび通りをのんびり散歩


由比の町を歩いていると、「さくらえび通り」という可愛らしい名前の通りに出会います。
ここは、桜えびをモチーフにした看板やのぼりが立ち並ぶ、地元の人に愛されるメインストリート。
お土産屋さんや昔ながらの商店が並び、どこか懐かしい雰囲気に包まれています。
春と秋の漁の時期になると、「今日は『生』あるよ!」と貼り紙が出ていたり、干し桜えびを干す風景が見られたりと、まさに季節の風物詩に出会える場所。
散歩の途中、ちょっと腰を下ろしてお茶を飲むだけでも、由比の空気がぐっと近くに感じられます。
由比本陣公園で、昔の宿場町気分を味わう


東海道五十三次・由比宿の歴史が今に残る「由比本陣公園」。
ここは、かつてのお殿様の宿泊所「本陣」が再現されていて、江戸時代の宿場町の雰囲気を味わえる公園です。
公園の中には、浮世絵師・歌川広重にまつわる展示や風情のある日本庭園があり、旅の途中にひと息つくにはぴったり。
地元の人も「小さいけど、いい時間が流れてる場所」と語るこの公園。
週末にはイベントが開かれることもあり、子ども連れの家族にも人気です。



ただ歩くだけじゃない、町の記憶に触れられるスポットです。
浜のかきあげや|由比港で「揚げたて」を食べる特別体験


由比港にある「浜のかきあげや」は、漁協直営の人気食堂。
港のすぐそばで、桜えびのかき揚げを「揚げたて」で食べられる贅沢な場所です。
休日は開店前から行列ができることも。


丼ぶりの上には、サクサクに揚がった桜えびのかき揚げがドン!と鎮座。
箸を入れると衣がふわっと崩れ、えびの香ばしい香りが立ちのぼります。



海を眺めながら頬張るその味は、もう言葉にならないほどうまい!!
「朝一番で食べるのがいちばんうまいよ」と地元のおばちゃん。
とれたて・揚げたて・数量限定……すべてがそろったら、それはもう立派な「旅のごちそう」です。
まとめ|桜えびの季節、由比の町は動き出す


桜えびの季節になると、由比の町はまるで生きているかのように動き出します。
空を見上げ、風を感じ、出漁の一報に湧く漁師と町の人たち。
その日の朝にしか出会えない「とれたての味」と、そこに生きる人たちの息づかいを感じに、ぜひ一度、春か秋に由比を訪れてみてください。